ミュージカリズム・自然への敬意
樹々はネットワークを介してコミュニケートしている。
それらは我々の生活にとって重要である。
ただ美しくいてほしい、そして色んな色で踊ってほしい。
自然への敬意
"MUSICAL COLORS"
/ El Periodico (Barcelone, Spain 2005)."
A SMASH HIT ON THE RIVIERA"
/ Riviera Times (August 2009),
"SUPREME"
/ Brian Sewell N°1 art critic, London (2007)
"Mesmerizing, Hypnotic"
/Beverly Kaye, art dealer, curator,
CT New York 2012
Collectors :
Julian Lennon, Alan Callan (x-exec Led Zeppelin's Swan Song),
Nicola Bowen (PR),
Steve & Yvone Moore,
Llopart Cava.
マークヴェイは、ただ樹々だけを狂ったように描いている。樹々達は、彼の幼年期の大切な思い出である。
それらの思い出は彼自身の中に、今でも深いインパクトとして残り続けている。
超現実スタイルを元に、彼の色とりどりの音楽で樹々達をダンスさせるかのように、キャンバスに色を奏でる。
この独自のスタイルをヴェイは「ミュージカリズム」と呼ぶ事にした。
「私の音楽的成功は過去のものだが、音楽は今でも私の絵の中に生きている。」
2007年、ロンドンにてイギリスの有名な美術評論家、ブライアンスールに出会い
「Supreme / 最高の, Sublime 崇高な, 雄大な」と絶賛を受けた。
コレクターの中には、ジョンレノンの息子であるジュリアンレノンや、ジミーペイジ(レッドツェッペリン)のパーソナルマネージャーなど音楽関係者もいる。
イギリス・ケント生まれ。
幼年期は、スコットランドの田舎・スターリングシャーで過ごす。
早くからデッサンや音楽に対しての才能を示していたが、当時はまず音楽への情熱の方がすぐに勝ってしまう。
11歳で家族と共にケントに戻り、当時ロック全盛期のロンドンで、いくつかのバンドに参加。作詞作曲も始め、15、6歳ですでにストーンズやピンクフロイド,又、ヤードバーズ等、数々の有名バンド(ビートルズ以外)の前座を務め、ケントやロンドンでも若い新人ドラマーとして知られて行った。
18歳でロンドンに移り、マークアシュトンと名を変え「レアバード」と言うバンドに加入。間もなく彼等の最初のシングル「Sympathy」は国際的な大ヒットとなる。
1980年からソロ活動のため、ニューヨーク,そして、ロサンジェルスに移る。
スコットランドの自然とは全く異なるアメリカの大自然に驚嘆し、絵画に対する新たなる愛を見いだしてしまうヴェイ。
作曲と絵画創作を同時進行させ、新しい創作の世界を広げて行く。
ニューヨーク、ロンドン、バルセロナ、サントロペ、ハンブルグ、ニース等、世界各地で個展を開き、国際的に幅広い活動を行っている。
2000年初期、ヴェイはヨーロッパに戻りスペインで3年生活したのち南仏コートダジュールのニースを経て、現在は南西のカーカッソンヌと
ツールーズの近くに制作活動の拠点を移した。
南仏の光、そして、南仏の歴史は、ヴェイの作品に大きな力を与え続けている。